Capriccioso, ma non troppo

気まぐれに、でも、ときにはちょっと真面目に。

やればできる?

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少し前に『Mindset』 (Carol Dweck)という本を読んだ。

英語版で読んだのだが、この本の邦訳版のサブタイトルが「『やればできる!』の研究」となっていたのがちょっと気になってしまった。

ちなみに英語版は Changing the way you think to fulfil your potential (考え方を変えて、あなたの可能性を最大限に発揮しよう)となっている。

本の内容は学術的な研究をベースにしていて真面目なものなのだが、「やればできる」という言葉のせいで、なんか急に俗っぽい(さらに言えばうさんくさい)感じになってしまった気がしたからだ。

まず断っておきたいのだが、僕自身は「やればできる」は正しいと思っている。

この本を読んで、その気持ちは強くなった。

2つのマインドセット

簡単に本の内容を紹介しておくと、世の中には大きく分けて2通りの考え方をする人たちが存在している。

それは、growth mindset (成長マインドセット)と fixed mindset (固定的マインドセット)と呼ばれるものだ。

成長マインドを持つ人は、自分はもっと成長できると信じており、困難に遭遇したときに「より成長するチャンス」と捉える。

固定的マインドを持つ人は、人の能力は生まれたときに決まっていると信じており、困難に遭遇したときに「これが自分の限界」と捉える。

ただし、すべての人が確定的にこのどちらかに分類できるわけではなく、普通はこの2つの間を行ったり来たりしている。

実際、ちょっとした条件づけで一時的にその人のマインドセットを誘導することができ、これを利用していろいろな実験が試みられている。


僕自身は子供のころから固定的マインドセットに縛られていたように思う。

学校のテストは(この本に書いてあるように)能力を判断する(judge)ものだと思っていて、うまくいったときは嬉しかったし、うまくいかなかったときは能力が足りないのだと思って落ち込んだ。

すぐに理解できることを学ぶのは楽しかったが、難しくなると早い段階で諦めてしまう傾向があった。

「能力があればすんなり理解できるはず。理解できないのは自分の能力を超えているから。」という考えを無意識のうちに持っていたからだろう。

でも、この考えは、変えられるらしい。

永続的に成長マインドセットを持った人間になるのは簡単にはいかないかもしれないが、少なくとも意識すれば一時的にマインドセットを切り替えられることはわかった。

「やればできる」「誰でもできる」 ≠ 「簡単にできる」

本題に戻って「やればできる」という言葉について考えてみたい。

「やればできる」と思うことは重要だ。そうでないと、努力しようと思わないだろう。

だけど、「やればできる」という言葉が根拠のない薄っぺらい励ましの言葉に聞こえてしまう。

ある種の無責任さを感じてしまうのだ。

世の中で安易に使われすぎている言葉だからだろうか。

似たような言葉で「誰でもできる」というのも、誤解を生みやすい表現だ。

「誰にでもできる簡単なお仕事です」

という表現から連想されるように、「誰でもできる」には「簡単にできる」という含みがあるように聞こえる。

自分のやっている仕事がこんなふうに言われたら、ムッとするのではないだろうか。そんなに簡単なものじゃない、と。

でも、冷静に考えてみると「誰でもできる」という言葉自体には「簡単に」という含意はない。

「誰でも『相応の努力をすれば』できる」という言い方なら正しいのではないか。

そして、世の中のたいていのことは「誰でも相応の努力をすればできる」のだと信じたい。

ただし、「相応の努力」というのは人によって異なるだろう。

その対象に関する前提知識、要領の良さ、学習環境などが揃っていれば、大して努力せずにできるようになってしまう場合もありうる。

だから、そういう事情を考慮しないで、安易に「○○ は誰にでもできます」などという言説にはどうしてもうさんくささを感じてしまうのだ。

「英語は誰でも話せるようになります」「誰でもブログで稼げます」「プログラミングは誰にでもできます」

こんなことを言っている人たちは、嘘をついているわけではない。

心の底からそう信じていて、善意で言っている人も多いだろう。

だけど、ほんとうの意味は「誰でも『相応の努力をすれば』できる」のだということ、そして、それを言っている人たちと自分とでは「相応の努力」の量が全然違う可能性があるということは考えておいたほうがいいかもしれない。



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頭の中に猫を飼い始めた

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しばらく前から、頭の中に猫を飼い始めた。

というか勝手に棲みついている。

精神は (もともと少し異常である可能性は否定できないが) 正常だ。

長いあいだ名前はなかったが、最近「マネ」という名前をつけることにした。

この猫、どこかで見たことあるなと思ったら、ルノワールが描いた、ジュリー・マネに抱かれて気持ちよさそうにしている猫にそっくりだったからだ (猫の名前じゃないじゃん)。

で、なんの話かというと、「瞑想」である。

最近は瞑想という言葉が持つ宗教的なニュアンスを嫌ってか、マインドフルネス (Mindfulness) という言葉のほうが流行っているらしい。

それで僕も興味を持ったのだが、アンディ・プディコムという元僧侶 (仏教) のイギリス人が書いた『The Headspace Guide to Meditation & Mindfulness』という本を読んだところ、さっそくやってみようということになった。

最初に始めたのは半年くらい前だったと思う。

それまではいろいろなことに不安を感じていたり、仕事のストレスを抱えていたりで、かなり精神的に不安定だった。

本に書いてあることを読んでみたら、瞑想がひとつの解決策になるかもしれないと思ったのだ。

実際やってみたら、効果はてきめんだった。

正直に言うと、不安やストレスは今でもずっとつきまとっている。

でも、あのなんとも言えない絶望的な感覚にずっと支配されるということはなくなった。

そういう感覚に陥りそうになったら、「あちらの世界」に堕ちそうな自分を客観的に把握して、引き戻せるようになったのだ。

ずっと悩まされていた不眠も、不思議なくらい、すっかり消えた。

しばらくの間はうまくいっていたのだが、年末年始の忙しさ (とその反動の堕落期間) にかまけて、瞑想の習慣はしばらく中断してしまった。

そのせいか最近ストレスが増え始め、不眠も再発しだしたので、もう一度瞑想を始めてみることにした。

瞑想というのは具体的にどうやるの? と気になる人もいるかもしれないので、前述のアンディの本で紹介されているやりかたを簡単に書いておくことにする。

「Take 10」と名付けられた、10 分で1回のセッションが終わるお手軽な方法だ。


準備

  1. 静かな場所を探して、背筋を伸ばして座る (椅子でも床でもいい)
  2. 瞑想を邪魔されないようにする (スマートフォンのアラームや通知は切っておく)
  3. タイマーを 10 分間にセットする

チェックイン

  1. 5 回深呼吸をし (鼻から息を吸い、口から吐く)、目を閉じる
  2. 身体的な感覚に集中する (椅子や床に接触している体の部分に意識を向ける、重力を感じる)
  3. 頭の先からつまさきまで全身をスキャンするように体の各部分に目を向け、リラックスしている部分や不快に感じる部分に注目する
  4. 今の気分はどうか、意識する

呼吸に集中

  1. 呼吸の感覚を最も強く感じる場所に目を向ける (鼻、のど、胸、横隔膜、おなか など)
  2. それぞれの (1 回ごとに微妙に異なる) 呼吸やそのリズムに注目する (長い、短い、深い、浅い など)
  3. 息を吸うときに 1、吐くときに 2、のように、10 まで数える
  4. 10 まで数えたら 1 からやりなおす (これを何度も繰り返す)

元の世界 (日常) へ戻る

  1. 呼吸への集中を解いて、自分の心 (意識) を好きなようにさせる
  2. 体に意識を戻す (椅子や床と接触している部分に注目)
  3. ゆっくりと目を開ける

これが、やってみると結構難しいのだ。

呼吸に集中するといっても、呼吸をコントロールしようとしてはいけない。

呼吸の仕方は体が覚えているから、それを観察する、ということらしい。

でも、呼吸に集中しすぎると呼吸の仕方自体を変えてしまうという観測者問題みたいなことが起こってしまう。

かといって、呼吸に集中できないと、次から次にいろんな考えが頭に浮かんでくる。

瞑想にはいろいろな方法があるが、いずれもその要点は、考えがぐるぐる回らないように意識の焦点を合わせる対象を設定することであるらしい。

その対象はろうそくのゆらめく炎であったり、声を出して唱えるお経であったりすることもある。

呼吸はいつでもどこでも使えるという点で便利なのでおすすめ、ということだそうだ。

そんなわけで、集中しすぎてもいけないし、注意がそらされてもいけない、絶妙なバランスを保つ必要がある。

うまく呼吸に意識を集中できないと、いろんな思考が目まぐるしく生まれてくる。

心を鎮めるために瞑想をしようと思ったのに、自分の心が全然落ち着きがないということをイヤというほど思い知らされるのだ。

アンディによると、これはごく普通のことらしい。

生まれてくる思考をむりやり止めようとしてはいけない。

抵抗すると、かえって新しい思考を生み出してしまう。

思考が生まれては消えていくのをただ眺めていればいい。

これも言うは易しだが、実際にそうするのは難しい。

興味を惹かれるような思考が浮かんでくると、もっと深入りしたくなる。

実はこれ、すごいアイディアなのではないか、などと思って紙に書き留めたくなってしまう (もしかしたら、実際にそうしたほうがいいのかもしれない、とちょっと思う)。

そこで、猫の登場である。

思考の渦に飲み込まれそうになっているときに、突然、声が聞こえる。

「何をそんなに焦ってるニャ?」

「落ち着くニャ。」

「別にそんなことは大したことじゃないニャ。」

なぜそんなことを思いついたのかはわからないが、そんなことをしゃべる猫を自然と想像していた。

猫は無心で「今」を生きている。

過去に対する後悔や未来に対する不安なんて持っていないのだろう。

そんな猫から学ぶことは多い。

もちろん本人 (猫) たちは何も考えていないのだろうが、過去や未来に囚われて大事な現在を見失い、せわしなく生きている人間たちを見て笑っているのではないか。

ときどきそう思うことがある。

そんなわけで、(たまに) 大切なことを教えてくれる (かもしれない) 猫さんには、頭の片隅にいてもらうことにした。

今では瞑想をするときに頭の右上あたりにすっと現れて、気持ちよさそうに眠っている。ジュリー・マネに抱かれているときのあの表情で。

心が動揺すると、マネ (空想上の猫の名前です。) が起きてしまう。

そう考えると、いつもより心が少しだけ落ち着くような気がする。


アンディの本とアプリについて


僕が読んだ本は『The Headspace Guide to Meditation & Mindfulness』(Andy Puddicombe)。

『からっぽ! 10 分間瞑想が忙しいココロを楽にする』というタイトルで邦訳も出ている。

この邦訳本では参照されている原著のタイトルが『Get Some Headspace』となっているが、同じもののようだ (Amazon ではどちらの英語タイトルで検索しても同じ表紙の本が出てくる)。

Kindle のサンプルをダウンロードして最初のほうのページを見てみたが、英語のものと対応していた。


アプリ

アンディが作っているアプリもある。

音声ガイド (英語のみ) で瞑想をサポートしてくれるアプリだ。

『Headspace』という名前で、iOS でも Android でも利用できる。

有料アプリだが、初心者向けの最初のレッスンのいくつかは無料で試すことができる。

アンディが肉声でガイドしてくれるのだが、イギリス英語訛り (?) なのか結構聞き取りにくい。

女性の声のバージョンに切り替えることもできて、英語がそんなに得意でない人にはそっちのほうが聞き取りやすくておすすめ。

環境音 (波の音、焚き火の音など) とちょっとした「お話」で睡眠をサポートしてくれる機能もあって、睡眠に悩んでいる人には特におすすめしたい。

眠りにつくのをサポートするだけなので、あまり英語がわからなくても問題ない。

むしろ英語を聞くと眠くなるという人のほうが効き目があるかもしれない。

Cat Marina という猫がたくさん出てくるストーリーもある。

公式サイトへのリンクを貼っておくので興味のある人は試してみてほしい。

https://www.headspace.com/headspace-meditation-app


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ひとりでお酒を飲みながら聴きたいお洒落な音楽3選

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急に趣向が変わってごめんなさい。

ブログを始めてからまだ 3 つしか記事を書いてないけど、過去の記事を読んでみると、なんか暗くて真面目で面白くない…、という感じになってしまった気がしたので。

なので、ちょっとだけ気分を変えてみることにした。

まあ、真面目になりたい、と思ってはいるけれど、本当はかなり適当な人間なのだ。

サイトのタイトルにある capriccioso も「気まぐれな」という意味。

少し真面目になりたいとは思っても、人生で楽しいことを捨てたいとは思っていない。

というわけで、お酒、好きです。音楽も。

今回紹介するのは少し上品でお洒落な感じの音楽たち。

なので、焼酎というよりは、ワインやウィスキーなどのほうがイメージに合うと思う。(別に焼酎が下品と言っているわけではありません。念のため。。)

コロナ・ウィルスも広がっているし、家でちょっと高級なバー気分を味わいたい、というときにはぴったりなはず。

電気も蛍光灯は消して、少し暗めの間接照明なんかにすれば完璧だ。


1. 『ケルン・コンサート』 (キース・ジャレット)

Köln Concert, Keith Jarrett

※ この動画はカバーです。オリジナルではありません!!

※ この動画はカバーです。オリジナルではありません!!

権利の関係だと思うが、YouTube ではオリジナルが見当たらなかった。(Music Premium のメンバーになっていると見られる動画はあった。)

オリジナルは、ジャズ・ピアニストのキース・ジャレットが 1975 年に行ったコンサートを録音したもの。

なんと、完全即興演奏である。

ジャズというよりはクラシックに近いかもしれない。

もともとキース・ジャレットはジャズの曲でもクラシック的な和音をよく使うし、音色も美しい(ソロ・ピアノのときは特に)。

そのためか、普段クラシック音楽を中心に聴く人の中にもファンが多いようだ。

ちなみにこのキースという人、トリオ(ピアノ・ベース・ドラム)のときは、ノッてくると奇声を発しながら(歌ってるつもりらしいけど音程全然合ってない)、椅子から立ち上がって中腰でピアノを弾くという変な人である。

なぜあんな姿勢でこんなに美しい音が出せるのか、謎だ。

興味のある人は YouTube で検索してみてほしい。(例えばこれの 9:20 あたりとかイイ感じです → https://www.youtube.com/watch?v=lBnwDTAoAC8&t=424s )

ケルン・コンサートに話を戻すと、完全即興なので曲名はなく、CD のトラック名は

  • Köln, January 24, 1975, Part I
  • Köln, January 24, 1975, Part IIa
  • Köln, January 24, 1975, Part IIb
  • Köln, January 24, 1975, Part IIc

となっている。

Amazon Music の会員なら検索して聴けるのでぜひ聴いてほしい。たぶん他のストリーミングサービスでも聴けると思う。

カバーも悪くはないが、即興で紡ぎ出されたオリジナルの美しさにかなうものではない。

なんというかね、研ぎ澄まされた空気の中からひとつひとつの音が生気を持って溢れ出す感じがするのです。意味のない音などひとつもない、と言わんばかりの。

たとえお酒を飲みながらでも、BGM というよりは、グラスを傾けながら聴き入りたい名曲だと思う。

実際に、ちょっと高級な感じのバーとかだと、この曲が流れていることは結構ある。

2. 『ワン・クワイエット・ナイト』 (パット・メセニー)

One Quiet Night, Pat Metheny

ジャズまたはフュージョンというジャンルのギタリストによるソロ・アルバム。

バリトン・ギターという、ふつうのギターより少し低い音が出せるギターを使用している。

アルバムのタイトル通り、静かな夜に聴くのにおすすめ。

ノラ・ジョーンズのカバーで有名になった『Don't Know Why』なんかも収録されている。

このアルバムはアコースティック・ギターを使用しているが、パット・メセニーはどちらかというとエレクトリック系の音楽がメインの人。

3. 『6 つの即興曲 作品 5』 (シベリウス)

6 Impromptus Op. 5, Sibelius

こちらはクラシックのピアノ曲即興曲と言ってもケルン・コンサートのように本当に即興なのではなく、即興っぽい自由さや一種の軽さを持った曲ということだ。有名なところではショパンの幻想即興曲がある。

シベリウスフィンランドが誇る大作曲家で、フィンランド人にとっては国民的英雄みたいな扱いらしい。

『6 つの即興曲』はあまりメジャーな曲ではないと思われるが、6 つの曲の中では 5 番が一番有名なのか、よく演奏されるようだ。

上の動画は 1 番(No. 1)だけだが、動画が終わったあとに表示されるリンクをたどるか、その都度検索すれば他の曲も聴けると思う。

クラシックの作品名は番号になっていることが多くわかりにくいのだが、この曲の場合「作品 5 / Op. 5」というのは 6 つの即興曲全体に付けられた番号で、その中に「1 番 / No. 1」から「6 番 / No. 6」までの曲がある。

YouTube では数字でうまく検索するのが難しいので、なんらかの音楽ストリーミングサービスを契約しているならそちらで探したほうがいいと思う。6 曲全部入ったアルバムが見つかるはずだ。

また、クラシックではどの曲もそうだが、演奏家(オーケストラの場合は指揮者も重要)によって同じ曲でも全く違った印象になることがある。

初めて聴いたときに「ちょっと違うかな?」と思っても他のピアニストの録音を聴いてみたら好きだった、ということもよくあるのでいろいろ試してみるとよいかも。


というわけで、今回はちょっと趣向を変えて(と言ってもまだ 4 記事目だが)、おすすめの音楽を紹介してみた。

そんなに音楽に詳しいわけではないのですぐネタ切れになりそうだけど、今後もなにか思いついたら記事にするかも。

よろしくです。


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Photo by Claus Grünstäudl on Unsplash

残り時間を可視化するアプリ『Countdown』

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先日「こぼれ落ちる時間」という記事を投稿したが、期限のない先延ばしという問題に立ち向かうために、さっそくアプリを作ってみた。

といっても、時間がどんどん減っていくのを目に見えるようにするだけの、ごくごく単純なアプリだ。

目標と期限を設定すると、期限までの残り時間が表示される。

時間が絶え間なく流れている感じを出すために、秒未満まで表示するようにしてみた。


また、目標期限ではなく自分の誕生日とか、「30 代の終わり」のような節目までの残り時間を表示する機能もつけてみた。

先日紹介した動画の最後のほう(13分くらいのところ)に、Life Calendar というものが出てくる。(動画をまだ見ていない方はぜひ見てほしい。)

これは何かというと、1週間をひとつのボックスとして、90 歳まで生きた場合の時間を視覚的に表したものだ。

そんなにたくさん時間はなさそうでしょ? というのがこの動画の趣旨だが、中には「まだたっぷり時間は残っているぞ」と思う人もいるかもしれない。

でも、例えば今 30 代だったとして、70 歳になったときにも今と同じ体力、気力を維持できているだろうか?

もちろん財力などは逆に向上している可能性があるし、人によっては若い頃より元気になっていたりするかもしれないけれど。

いずれにせよ、今の一週間と 10 年後、20 年後の一週間では価値というか、性質が違うものなのだということは意識しておいたほうがよさそうだ。

アラサー、アラフォーなんていう言葉をよく聞くけど、10 年ごとの区切りはみんなやっぱり意識しているらしい。

20 代のうちに結婚したい、とか、30 代のうちに独立したい、とか、10 年単位を人生の大きな区切りとして捉えている人は多いと思う。

でも、○○ 代前半のときにはほとんど気にしていなくて、アラ ○○ と呼ばれる年齢になって急に意識し始めるというのが実情ではないだろうか。

31 歳の時も 39 歳の時も、時間は同じ速さで進み続けたはずなのに。

そんなわけで、「今の ○○ 代」が終わるまでの残り時間も表示できるようにしてみた。

興味のある方はぜひ試していただけると嬉しい。


アプリ Countdown の解説ページはこちら

https://capriccioso.info/apps/countdown

ブラウザで動くので、登録もインストールも不要です。

気に入っていただけたらブラウザでブックマークするか、スマホをお使いなら通常のアプリのようにホーム画面に登録することもできます。


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こぼれ落ちる時間

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TED にお気に入りの動画がある。

語り口もイラストもとってもユーモラスだけど、扱うテーマはいたって深刻。

人生における「先延ばし」だ。

(日本語の字幕も選択できるので、ぜひ見てほしい。)

数年前に初めてこの動画を見たとき、あまりに自分の行動パターンにそっくりで衝撃を受けてしまった。

中学生の頃からテストは全部一夜漬けだったし、「追い込まれると力を発揮するタイプ」などとうそぶいて、なんでも期限ギリギリまで手をつけなかった。

誰かに決められた締め切りならそれでもなんとかなるかもしれないが、誰も期限を決めてくれない問題は永遠に先延ばしされ続ける。

そして、自分にとって一番大事な目標は、自分で決めない限り、期限などない。

こうしている間にも、時間は無情にこぼれ落ちてゆく。

期限のない先延ばしは、人生を蝕む。

20 世紀を代表する大ベストセラーになった小説『アルケミスト』にこんなセリフが出てくる。

僕は本当は十年も前に始められたことを、今やり始めたのだ。二十年間も待たなかっただけ、少なくとも僕は幸せだよ。 (Now, I’m beginning what I could have started ten years ago. But I’m happy at least that I didn’t wait twenty years.)

今まで何年もやらなかったことを後悔しないわけではない。

でも後悔したところで時間が戻ってくるわけでもない。

十年後に同じ後悔をしないために、今できることを、今やろう。



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Photo by Aron Visuals on Unsplash

自己管理能力レベル1の悩み

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自分はこのままではいけない。

強くそう思っている。

変わりたい。

でも変われない。

決して怠け者というわけではない。

もちろん偉大と言われる人に比べれば全然ダメなのだろうが、それでも普通の人よりは相当努力しているつもりだ。

でも、理想の姿には程遠い。

努力が足りないだけだと言われるだろう。

そんなことはわかっている。

だから必死に頑張る。

でも、いつも途中で力尽きてしまう。

最初のやる気はそう長く続かないのだ。

何度も挫折する。

それでも今回こそはと、何かのきっかけでもう一度やる気を出す。

でも結局うまくいかない。

自分が嫌になる。

生まれつき努力ができない人間なのか。

それとも方法が悪いのか。

試行錯誤をしても前に進んでいる気がしない。

なにかの助けになればと、自己啓発の本を読んでみる。

中にはうさんくさい本もあるが、心理学や教育学の研究をベースにしていて、ためになるものも多い。

どの本も、習慣やシステムが重要なのだということを指摘する。

能力が足りないわけではないのだと、元気づけてくれる。

でも。

そのシステムを実行できないのだ。

習慣を身につけるにしても、良い習慣が身につくところまで続かない。

こういう人はいったいどうしたらいいのだろう?

もしかしたら同じような人はたくさんいるのかもしれない。

だからこの手の本はたくさん出てくるのだろう。

人は新しい希望に飛びつく。

今までと少しでも違うテクニックが紹介されていると、今度こそは、と決意を新たにする。

でも、結局また同じ結果になるのだろう。

行動に移さなければ、そしてそれを習慣にできなければ、なんにもならないのだ。

本を読んだだけで、あとは自力で解決できるようならなにも苦労はない。

もっと直接的なサポートをしてくれる「なにか」が必要なのだ。

そう思って、ごく単純な、小さなアプリをつくることを思いついた。

高機能である必要はない。むしろあるひとつの目的があって「それしかできない」単純なものが望ましい。

本当に効果があるかどうかはわからないけれど、今まで多くのことを一度にやろうとして必ず失敗してきたのだから、やってみる価値はあるかもしれない。

そして、もしかしたら、同じように悩んでいる誰かのために役に立つかもしれない。

そうなれば、いいな。


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